書浪人善隆オフィシャルサイト

▼ メニュー

沖縄平和キャンプ2008 ぶどうの木保育園


以前このブログでもご紹介した京都にある「ぶどうの木保育園」の沖縄平和キャンプが去った3日~5日の二泊三日の日程で無事何事もなく終了した。

那覇空港から国際通り「とぅばらーま」で昼食 園児達の飛行機疲れを知らないパワーに圧倒され、なんと三杯ものおかわり食べてしまう子供に「まいりました。」とあんぐり、その後バスにて普天間基地の側にある佐喜真美術館へ実は初の訪館で館長の佐喜真さんにお会い出来る事も嬉しさいっぱいであった。がしかし館長の話を聞いていた園児達の顔と「戦争は絶対してはいけないんだよー」という言葉に思わず涙がとまりませんでした。五歳の感情や感性にどう働きかけるのか?どんな気持で戦争と平和についてとらえているのか?今回子供達について周りその答えを見つけたいと思ったし、願った。
その後、「つるちゃん」の作家さんと沖縄市でお話会。「くすぬち平和文化館」そんな物ある事すら、知らない無知な子を持つ沖縄出身の親としての自分に反省した。そこで園児達は沖縄市の地元保育園の「光の子保育園」園児との交流エイサー会、どちらも威勢良く文化の交流になっていた。まだ五歳ですよ!!
そんな会館で「つるちゃん」の紙芝居、やはり戦争を生き抜いた「つるちゃん」の体験を元にした絵本もでている物語。お父さんやお母さん おばあちゃんやお姉ちゃん、みんな みーんな 戦争で亡くなられた話。最後に作家さんご本人登場でざわめく会館に園児達の「つるちゃん」と呼ぶ声に、思わず「つるちゃん」も涙。やはりここでも「つるちゃん、大丈夫?」と園児の声 悲惨な戦争の体験を話さない人達の思いも私には理解できる。話してつなげようとする人達の痛恨な思いも良く理解出来る。どちらとも「命どぅ宝」なのだ。

そのあとは、今回のもうひとつの目的「ジュゴン」である。
coccooの歌を辺野古沖基地建設反対小屋でご尽力なされているじーじやばーばの前で園児達が大声で歌う姿は、平和だと言われているこの日本で、こんなに先進国になった日本で、なんで沖縄は負の遺産だけが新しく生まれていくのかが 私には 到底理解できない事であると、園児達から学ばされた。
北海道でサミットが行なわれているこの時期に、エコの前に環境問題を話すなら「基地」が埋め立てしてまで本当に必要なのか?まだ沖縄に戦争をの残してしまうのか?
「ねー浦崎さん 辺野古はにはまだ戦争が続いているの?」この五歳の子供達に私たち大人は、何をいったい残して人類は人は生き延びていくのだろうか?
大げさか?いいや決して きれいごとではないはずだ!
誰か この子達に 答えを出してほしい!!

そんな小屋を後にする時「万歳ーい!」「万歳ーい!!」とおじいーが 涙を流しながら大声で叫んで見送り、隣でいつまでもおばーが手を振っていたよ。

翌日は伊江島で「わびあいの里」謝花さんは私の事を覚えていてくれた。それどころか阿波根さんの遺影の前に昨年私の書いた石灰岩が飾られていた。「命どぅ宝」園児達に淡々と語る物語や教えは、子供達だけでなく全てその周りを取り巻く全員が涙した。
卒園児達が以前記念植樹をしたバナナの木に水をやり立派に実ったバナナに感激した園児達に謝花さんは優しく「実ったら送るから食べてねー」と話してくれた。

世界にはいろんな色がある、その色が混ざり会うこの地球にどんなに踏まれても、また足下にある大地に芽吹く新しい「平和の蕾」が、ひとりひとりの足跡としていつか、この地球に咲く「平和の花」とならん事を願い、今年は書いた。what a wandful warld

この青い海。
青い空を子供達は見た!!
歴史が文化が時代がどんなに進み壊れようともまた、壊されようとも、

あの時見た 空は青かったし 海も青かった
と過去形にならない様に したいし、しようと努力しなければならないだろう。

園児達を空港で迎えるお父さん お母さんあなた方のお子さんの顔はどうでしたか? ビックリする程輝いてませんでしたか?出発前よりもずいぶんと目が生き生きしてませんでしたか?
わが子の成長ぶりに涙した事、あの空港で出迎える親としての愛しい「愛」を決して忘れないで下さい。
この沖縄平和キャンプにおける最終目的はそのお父さんとお母さんの出迎える親の「愛」が締めくくりなんですよ。

ぶどうの木保育園 さくら組のみんなー
引率して大変だった先生方
そして今回関わった全てのみなさんに
幸せという風が吹き抜け
愛という沢山のしずくが降り注ぎ
そこに平和の花が咲きますよう 祈ってます。

書浪人善隆
浦崎家一同。

2008.07.08

2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年