書浪人善隆オフィシャルサイト

▼ メニュー

名古屋のみなさんすみません。


先日9月22日~24日までの短い期間でしたが、名古屋の栄町に新しく、「琉球ちゃんぷるーハウス」という新しい沖縄の物産と工芸品を扱う東急ハンズさんセレクトショップがオープンしてます。新聞の広告覧に告知は小さく乗ってましたが、このブログにて紹介を忘れてました。みなさん、すみなせんでした。またゆっくり名古屋では書きにいきたいです。そんな短い間にも沢山の方に助けられて書きました本当にありがとうござまいす。その中で今回、一番印象的で出来る事ならもっとなんかして上げたい「お母さん」にあいました。
少し紹介します。
その時ちょうど他のお客さんの石灰岩に文字を書いている時に、そのお母さんは割り込むように入ってきました。
「息子の名前書いて!」名古屋のこの店では、お買い上げいただいた方に名前を書いて上げるプレゼント企画をしていたので、そのお客さんでお昼時間も重なり、お急ぎかとおもいました、「いいですよ」と名刺に差し出された息子さんのお名前を書いてお渡ししました。今思えばその時からお母さんの目頭が赤かったのに気がつかず、名刺を渡してしまいました、何もいわずただ「ありがとう」だけ残してその場を去ろうとして「ちがうよ!」とお母さんのは振り返りました。「これに書いてほしいの」と瓦を指差してました。「いいですよ選んでください。」と返事すると、既に決まっていたかのように「これに」と指差して渡されました。すると「お母さん」私の前には立派な畳椅子が有るのにも関わらず、私の側へぴったりとしゃがみ込むように坐り込みました。「へっ?」と思いながら「息子さんの名前でいいの?」と不躾な愚問を投げかけた反省す間もない私でした。すると母さんの目にはもう溢れんばかりの涙で言葉にならない声で「お願いします」の一言。
沢山の方々にお会いして、沢山の人生の物語を聞かせてもらうこの仕事で一番自分の不甲斐なさを感じるのがこの瞬間。亡くなられた方に何もしてあげられないのが辛い。せめて遺こされている方にほんのわずかでもなにかお手伝いできる事はないかと いつも考えているが、これほどに難しいものはない。今思うと今隣で亡き息子を思い出し涙するお母さんは昨日も同じ時間に私の向かい側で、2人で瓦の前に立ち、神妙な趣で瓦を見つめていた事を遅かりしながら思い出したのでした。
その母さんに「もう息子さんは遠くへ?」と聞くと「18の時に」と答えてくれました。「何年前?」「6年前」と「どうしたの?事故?」母さん「そう」と答えると瞬きする事無い深い悲しみの中から溢れ出す目の涙には私には計りしきれない悲しみの真実を母さんは「殺された!」と綴りました。「もう何も言わなくていいよ」しか言えない私の頭には「千の風」が流れ、気がつくと母さんが選んだ瓦に書いてました。
人にはいろんな人生と言う物語があり、そのなかでいろんな渦に捲かれながら人は出会いそして別れ、この時代に生きて行かなければいけない。人ごとの様に毎日流れる悲しいニュースの他人事が今目の前にある真実にぶつかった時の衝撃は、その当事者にならない限り他人には理解できないまたおそらくその当事者でさえ理解できない事なのだろう。隣でしゃがみ込み思い出にすがり、怒りの矛先を自分に向けてしまった。母さんきっと忘れる為にがむしゃらに働いているのだろう、手の傷や汚れた爪が物語ってます。
私は悲しみの前に苦労している母さんに「もう泣かないで」としか癒えませんでした。いろんな悲しみを背負いながらも人は生きている人はおなかもすくし、トイレもいかなきゃなりません。生きていると言うことはそういう事で、考え思い悩み自分でその2本の足で支え立って歩かなきゃいけんのです。最後に母さんの背中を「元気だして!」とたたいて上げることしか今の私には出来ませんでした。また出逢える事、次はもっともっと話を聞いてあげる時間をいただきたい。そんな名古屋でした。
短い期間にの関わらず、関係者のハンズのみなさにお世話になりっぱなしの私ですがこの場を借りて深くお礼申し上げます。ありがとうございました。最後ですが手羽先は天狗になっている○○の山ちゃんより「いらっさいましぇー」の変な日本語店員のいる栄の「風来坊」バンザイです。

2007.09.22

2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年