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初大阪難波へ書浪人参上!!


はいさい
先月の事、大阪はなんばグランド花月近くにある『よしもと開運健康幸福百貨店』1階において、書浪人初の大阪営業を4月21日から25日の5日間させてもらいました。春休みも手伝い毎日大盛況で物珍さも加えて、百貨店内で買い物して頂いたお客さんに無料で名前を書くと言うイベントもさせてもらいました。御陰さまで5日間で439名の名前を書かせていただきました。感謝感謝 また開催期間中沢山のお客様に出逢え御買い求めいただきありがとうございました。全ての方の写真をアップできませんがいずれコーナーをもうけてご紹介できたらとおもいます。
お客様の中にはいろいろな境遇、さまざまな人生環境においての言葉をいただき書いていますが、今回も他人の僕にも話せない話もしていただき、本当にありがとうございました。
その中から一つ、ご了承いただいた方のお話です。「人生これから」と書いて欲しいと 50代のお母さん 娘二人とご来店してくれました、お母さんの境遇に泣きそうになりました。今回書いた文字を「伯父さん」にプレゼントすると娘達が声を揃えて話してくれた。「人生これから」聞くと伯父さんは明日出所するそうな、なんでも保証人になって借金地獄に合い傷害事件で服役していたとか、「自分の為に生きる事が下手なおじさんで、、、」とお母さん、自然と「人生」より 「これから」の文字が強くなる、完成した赤瓦を見て 「おとうにも作ろう」と娘達、「、、、、」無言の母さん、どうしたのと問いかける?
「明日伯父さんの出所、明日おとんの命日」 へ?差し支えなければお父さんは? 交通事故で12年前になくなったと 答える娘達二人そうかとしか答えられず あ母さん家族は?「6人」子供さんは?「5人」え! びっくりである このお母さん決して大柄でもなく肝っ玉母さんタイプでもない どちらかと言えばその真逆である そんなやり取りの中 沖縄に留守番している一人娘にてんてこ舞いの自分を恥じた。その母さんは一人で5人の子供達を育て上げた、立派であるきっと人には言えない苦労の連続であっただろう。手がガサガサで隠すようにギュっと拳にしていた。そんな母さんの左くすり指には
きちんと絆のリングが見えていた。泣きそうになるのをこらえるのが精一杯である。なんとか「ありがとう」と感謝と言う文面を書いたがあまりにもいっぱいいっぱいになってしまい 書いた内容を覚えていない、書く側はあくまでも冷静でなくては行かないのだろうが、しかし人間の生きる「いきざま」なのだ。 泣きたいときに泣けばいいのに 涙こ押さえて気持ち堪えて強がることになれてしまう世の中は、人がつまずいても知らん顔する世の中になってしまう。この家族の帰る後ろ姿のよこで亡き父が深々とこちらに挨拶をしている そんな絵が見えたきがし、こちらもそれ以上に深々と挨拶を交わしました。

2007.04.10

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